EVENT 映画▶アーカイブ公開中▶🎬ソロモンの偽証 前篇・事件

f:森本 隆 キャス

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1956-1969 フォーク小僧の時代

兵庫県・神戸市出身。
中学2年の時、深夜ラジオで聴いた「岡林信康」の歌に衝撃を受け、フォークソングに目覚める。その後、五つの赤い風船・加川良・斉藤哲夫・はっぴいえんど・吉田拓郎・泉谷しげる・RCサクセションなどURC系/エレック系の音楽に影響を受け独学でギターを弾き始める。


1970-1973 フォークからロックへ

高校生時代、ウエスト・コーストサウンドの世界にのめり込み、イーグルスやドゥビー・ブラザース、ザ・バンド、CSN&Yなどのグループに傾倒する。一方で“ニューミュージック”と呼ばれた国内のアコースティック・グループの音楽にも心を奪われる。特に、初期のガロと伊勢正三(かぐや姫)の音楽性に影響を受ける。


1974-1976 ナイトクラブでの演奏

高校卒業後、当時組んでいたグループ(トリオ)でプロを目指すものの解散。その後別の仲間とデュオを組み、神戸のピザハウスやナイトクラブで演奏。ギターを弾いて収入を得るようになる。2年後、東京・六本木に居を移し、ナイトクラブでの弾き語り生活を続けながらプロへの道を模索、しかしこれも1年で挫折。神戸に戻り、友人が始めたPAの仕事に就く。


1977-1982 “SKY“を結成、東芝EMIよりデビュー

PAの仕事を通じてさまざまな音楽事務所に出入りするうち、当時大阪の音楽事務所に所属していた元相棒と出会う。音楽に対する情熱を断つことができず、PA業を辞め“SKY“を結成。自宅の4畳半で日々曲づくり、自宅録音に励む。1年後「東芝EMIシンガーソングライターコンテスト」で優勝。東芝EMIよりシングル「Teen's blue age」、アルバム「SKY」でデビュー。翌年カネボウ化粧品CMソング「君に、クラクラ」がヒット。以降解散までにシングル5枚、アルバム2枚をリリース。

1983-2011 コピーライター/クリエイティブ・ディレクターとして再出発

左足根骨カリエスという病気に冒され、“SKY“を解散。1年間の入院生活に入る。退院後はシンガーソングライターとしての道を断念し新たな道を模索。音楽関連の仕事では現役時代の夢を断ち切れないと考え広告業界に転身。

大阪の広告制作会社「シーズ広告制作会社」に入社、「アシックス」「ダイワハウス」「JR西日本」「OPA」などさまざまな仕事をこなしながらコピーライターとしての実績を積む。その後「松下電工(現パナソニック)」の仕事をきっかけにクリエイティブ・ディレクターとしても活動。

2011-現在
MAスタジオ完成を機に、インターネット動画を視野に入れた「映像事業部」設立。

現在、神戸市内の所有マンションで愚妻・愚息・愛犬愛犬2匹(ゴールデン・レトリーバー♀/トイ・プードル♀)と暮らす。